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Vol.11 フランシス・ベーコン『走る犬のための習作』|読みもの|それいけイチトニ編集室

Vol.11 フランシス・ベーコン『走る犬のための習作』

2023.06.30

絵葉書美術館

読みもの

絵葉書美術館

 

私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。

 

 

Vol.11 フランシス・ベーコン『走る犬のための習作』

 

フランシス・ベーコンの美術展をなぜ観に行ったのか、覚えていない。ただ、この奇妙でグロテスクで美しい絵の実物を、過去に一度でも目にしている事が嬉しい。

 

明るいオレンジ色の背景に、内臓のような、原始の生物のようなモノが3枚対で描かれている。好きかと言えば苦手かもしれないのに、なぜか目が離せない。心が掻き乱され、不安定な気持ちになるのに、ここにある全ての作品を観たい、と思う。

 

進んで行くと、少しテイストの違う絵に行き当たった。黒い背景に、被写体がピントのボケた写真のように描かれている。それは、叫ぶ人であったり走る犬であったり。黒い画面の中にぼうっと浮かび上がるように見える衣服の白や紫。そういう曖昧な印象の中に、金具で引っ掻いたような金の直線。それがあまりにも画面の中で効いていて見惚れてしまう。一際、気になる絵を見つけた。無機質なコンクリートの道を、側溝を避けるように走り去る白い犬の絵。黒の中の白銀がまるで発光しているかのように美しく、その絵の前でしばらく立ち止まってしまった。

 

フランシス・ベーコンは20世紀で最も重要な画家の一人だと言われている。1909年にアイルランドに生まれ、イギリスのロンドンを中心に活躍した画家だ。差別が強い時代に、自分はゲイであることを公言して生きた人だ。幼少期から母親の化粧道具で女装をし家族から孤立する事もあった。それでも口紅を塗り、女性ものの下着を着け悦に入っていたベーコンを、厳格な男である父親はとうとう勘当した。そんなベーコンには優しく身の周りの世話をしたり、モデルとしても協力してくれた乳母のライトフットの存在があった。家を出て、海外に住むベーコンがライトフットを呼び寄せ、恋人と共に3人で暮らした時期もあり、しばしば母親像として描かれている。

 

ベーコンのドラマチックな人生の中でも、印象的なエピソードがある。ある日、ベーコンのアトリエの天井から泥棒が降ってくる。その泥棒の青年ジョージ・ダイアーの姿を見たベーコンは一目惚れし、警察に突き出さない代わりに恋人にならないかと持ちかけ、二人は付き合い始める。しかしベーコンと付き合う中で、突然上流階級の中に放り込まれたダイアーは、周りの嘲笑や好奇の目に耐えられなくなり、アルコールや薬に溺れ、ある日大量の睡眠薬を飲み亡くなってしまう。奇しくも、その日はベーコンがパリで生涯最高の栄光を手にした夜だった。彼の死後、ベーコンはダイアーを追悼する作品を多く残している(ピンクの背景にダイアーの顔を描いた3枚対の「ジョージ・ダイアーの三習作」は、展覧会のリーフレットの表紙絵だ)。最期は、当時の元恋人を追いかけてスペインへ向かい、その旅の途中で心臓発作を起こして83歳で亡くなった。

 

ベーコンは言った。

「アーティストは感情のバルブのブロックを外すことができるんだ。そうやって、絵を眺めている人たちを無理矢理にでも生に立ち戻らせることができるんだよ」と。

 

今にして思えば、自分が絵を観た時に感じた内面のざわつきや揺れは、そういう事だったのだろう。パッと目に飛び込んでくるものは気味が悪いと感じるのだけれど、よく観ると細部は美しく、最後は好きだという印象が勝る。でも、綺麗だと感じただけならここまで記憶に染み着かないだろう。生き物を”肉の塊”として表現し、観るものに”生”を喚起させようとした試みに、知らず知らず感応していたのかもしれない。観てから10年経っても、自分の中に沈殿したまま消え去らない。

 

帰りにミュージアムショップに寄ると、あの犬の絵葉書があった。金色で縁取りされた透明な袋に入れられて。さらに魅力が増している…。フッと思い出しては、金縁に入れたまま飾って眺める。

 

 

 

 

 


 

 

東京国立近代美術館「フランシス・ベーコン展」(2013.3.8〜5.26開催)

HP

 

記事を書いた人

黒須 若葉

CAFE MUGI 調理

宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。

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