Vol.9 伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』

2023.01.20

絵葉書美術館

読みもの

絵葉書美術館

 

私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。

 

 

Vol.9 伊藤若冲『鳥獣花木図屏風』

 

東京に住んでいた折、電車の中吊りで白い象とたくさんの動物が描かれているタイル絵のような広告を見つけた。六本木に新しく開設される森美術館の開館展らしい。新しく出来る美術館に行けるという事にワクワクし、その広告を観る度にトルコかどこかのタイル絵なのかなぁと想像していた。新しい美術館は建物の最上階に設置されていた。記憶は定かではないが、ピカソや有名どころの絵がたくさんあったと思う。その最後の最後に例の広告の絵があった。

 

“あ、やっとあった!さてどこの国の作品かなぁ…”とキャプションボードを観てみると…。

 

『鳥獣花木図屏風』伊藤若冲

 

江戸時代18世紀と書かれているではないか!?にっ日本人!?こんな奇抜なモダンな絵を描いたのが!?しかも江戸時代の!?

 

今までにない日本画の印象に一瞬頭が混乱。何とか落ち着ちつかせた頭でよくよく観てみる。このタイルを貼った上に描いたような画面がどうなっているのか観ても観てもわからない…。学芸員さんに質問してみた。

 

その技法は「升目描き」という若冲独特の技法である。まず画面全体に、縦横9㎜間隔で線を引き方眼を作る。その上から絵柄に合わせた薄い淡い色を塗り下地を作る。次に方眼を最初より濃い色で正方形に塗り込み、さらに正方形の隅に濃い色で濃淡をつけ、描きたい形を作りだす。気の遠くなるような作業である。

 

『鳥獣花木図屏風』は離れて観ると、たくさんの動物が混在したユートピアのようなカラフルで濃密な姿。近づく程に焦点がドンドン狭められ、その一つ一つの升目に目が行き、何を構成しているのかわからなくなる。大げさに言えばマクロからミクロに向かうトンネルみたいな感覚。

 

伊藤若冲は江戸時代の中期から後期に掛けて京都で活躍した絵師だ。青物問屋の長男だったが家業はそこそこに弟に託し、40歳で隠居し念願の作画三昧の生活に入る。絵以外は本当に関心がなく、酒も嗜まなかったらしい。そんな若冲だったからこそ、常人には考えられないような集中力で、下絵も無く緻密な線や現実以上にリアルな極彩色の世界を表す事が出来たのだろう。天から与えられた才能を遺憾なく発揮した絵師だった。

 

震災前、京都へ旅行に行き、目的の細見美術館に寄った。入ってすぐの展示室に若冲のニワトリの水墨画が並んでいた。その大胆でしなやかな墨の線に一目で魅了された。展示室に1人であるのをいいことに、目録の余白に線を模写した。記憶だけでなく、形に残したいと思う程に素敵な線だった。それと相反した『動植綵絵』シリーズはどの絵もリアルでグロテスクとさえ思う。それでも、若冲の動植物への愛情が感じられ、こちらの絵もすぐに好きになった。

 

そして震災の2年後、岩手、宮城、福島を巡回したプライスコレクション展で「鳥獣花木図屏風」に2度目の再会をした。初めて観た時は衝撃を受けたせいか、もっともっと大きく鮮やかに記憶された。2度目以降は、記憶よりも小振りで色もくすんでいるように思う。それは展示の仕方や照明の当て方・強さにも要因はあったのかもしれないが、自分の心象の影響が強いような気がしてならない。

 

私は混雑した宮城の展覧会で不発に終わった感動を取り返したく、福島県立美術館へも赴いた。その日はたまたまプライスさんと妻エツコさんが美術館を訪問されていた。私はプライスさんにお礼が言いたかった。日本人が顧みなかった”美”を見つけ出し、そして保存していてくれた事を。心からありがとうございますと伝えたかった。プライスさんの前には画集を持った人しか並んでおらず、どうやら画集を買うことを条件にサインがもらえるという仕組みになっているよう。画集を買うか決めかねたあげく、その場で絵葉書を買い、去り際に渡そうとあわてて感謝の言葉を伝える文章を書いた。振り向いた時にはもうプライスさんご夫婦は退席されており、絵葉書は渡せなかった。選んだ絵葉書の『葡萄図』は、プライスさんが初めて購入した若冲の絵だった。

 

近年プライスさんはご高齢を理由に日本画のコレクションを里帰りさせたいと願い、それ等を出光美術館が購入したと聞いた。散逸させずに日本に戻してくださったプライスさんに再び感謝の意を表します。これは出光美術館に行かなければ。

 

 

 

 

 


 

 

森美術館「ハッピネス」展(2003.10/18〜2004.1/18開催)

HP

 

細見美術館「珠玉の日本美術 細見コレクション リクエスト07」(2007.7/14〜9/17開催)

HP

 

福島県立美術館「若冲が来てくれました」展(2013.7/27〜9/23開催)

HP

 

記事を書いた人

黒須 若葉

CAFE MUGI 調理

宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。

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