Vol.3 小西 康博さん(畳職人)/後編

2021.10.15

一歩目二歩目

読みもの

『1歩目、2歩目の足跡』

 

さまざまな分野で活躍している大人たち。きっと一直線にまっすぐに、歩いて来た人ばかりではないはず。どうしてこの道に足を踏み入れたのか。どんな道のりを歩いて来たのか。これまでどんなきっかけや、出会いがあったのか。ふだんは中々聞けない、そんな「1歩目」「2歩目」のお話を聞いてみる企画です。

 

 

 

 

Vol.3 小西 康博さん(畳職人)/後編

 

小西さんは、仙台市内で家業の畳屋を継ぎ、本物の畳の良さを伝えたいという想いで畳職人という道を歩んでいます。そんな小西さんは畳職人になるまで、どんな道を歩いてきたのでしょうか。その道には、これまでどんなきっかけや、出会いがあったのでしょうか。そんな畳職人としての「1歩目」「2歩目」について、後編では、畳職人として家業を継ぐ、と決心してから今の自分に繋がる様々な出会いやきっかけ、仕事に対する姿勢の変化について聞いてみました。

 

 

仲間たちとの出会い

 

―高校卒業後はすぐに家業に入られて、お仕事をされたのですか。

 

卒業後3年間、職業訓練校の畳科に通い、家業にも入りながら学校と現場の両方で学んでいきました。訓練校には若手畳職人仲間の“仙臺流 畳 草山会”(そうやまかい)のメンバーである大河原の齋藤畳店の斎藤君や佐々木畳工業の佐々木さん、表具師の大澤さんも通っていました。

 

―“仙臺流 畳 草山会”とは?どんなグループなのでしょうか。

 

“仙臺流 畳 草山会”(以下、草山会)は、若手畳職人たちの集まりで「頑張っていこう!」という想いで2015年に結成しました。昔から伝わる手縫いの技能を繋ぎ、しっかり継承していくこと、仙臺で先輩たちが培ってきたものをうまく取り入れながら後世にも残していけるように、自分たちが発信していくことを目的に活動しているグループです。

 

畳の作り方や考え方もそれぞれですが、草山会のメンバーは深いところまで突き詰めて畳と向き合う職人たちの集まりなので、そういった姿勢は間違いなく今の自分につながっています。そういう仲間たちに出会えたことが宝だなと感じますね。また、そんな仲間たちとの出会いにより、今までとは異なるアプローチでの活動が広がり、例えば伊達祭というイベントで公園の屋外ステージ上で畳製作の実演をするなど、新たな展開も生まれました。

 

 

 

 

―これまで草山会として活動してきた中で心に残る出来事はありますか?

 

以前、アーケードでのイベント(※青葉通イチとイチ)で畳製作の実演をさせてもらえたのはよかったですね(笑)。あんなところで畳を刺せる日が来るとは思いもしませんでした。いろんな通行人の方も通る場所なので最初は緊張しましたが、たくさんの方に畳製作の実演を見ていただいて本当に良かったです。経験したくてもなかなかできないことだと思いますから。畳って完成形は見ているけれど、作る工程を見ることってなかなかないと思います。知ってもらえることで興味を持っていただけると思うので、作り手側としてはお客様の反応もダイレクトに知れたこと、対面で会話ができたことがよかったです。

 

※まちくる仙台主催、1TO2BLDG.が企画運営・協力・開催をしていた「青葉通イチとイチ」というサンモール一番町のアーケードを活用したマルシェイベント内で、草山会さんに畳製作の実演を行なっていただきました。

 

 

 

 

 

―現代は畳がある住まいが少なくなっていると思いますが、昔の暮らしや住まいを見つめなおし、新たな形を取り入れて提案する流れが増えてきているようにも感じます。古くから伝わる良さや理由を伝えながらも新たな発信をしていけると良いですよね。

 

実は、藁の畳床は宮城県が日本一の生産量なんです。そこをもっとフューチャーしていきたいと思っています。宮城の特産品という形で、宮城の人にももっとたくさん知ってほしいです。すごく誇れることなのに、知らない人の方が多いのはすごくもったいないと思います。

 

―藁の畳床の良さにはどんな魅力がありますか?

 

他にはない床材だと思います。クッション性があって怪我もしにくく、保温性があり、調湿効果がある。抗菌性にも優れていて、たくさんの効能があるんです。畳に関しては本質の良さを知ってほしいです。その良さも、草山会の活動の中で発信していきたいですね。

 

 

畳作りに込める想いと自分自身の変化

 

―畳を作る想いもそれぞれだと思いますが、小西さんは日々どういう想いを大切に畳作りをされていますか?

 

畳って誰が作っても同じではないと思うんです。しっかりとした畳を作ることでお客様にはより長く快適に過ごせるようにいい畳を作りたいと思いますし、イ草を育ててくれる農家さんなど生産者さんの想いをしっかり乗せてお客様へお届けしたいと考えています。例えば稲わらを作る農家さん、畳床屋さんたちがいてその方たちが作る材料があって初めて自分たちは仕事ができる。そういったことに感謝をしながら仕事をしていきたいと常々思っています。もちろん依頼してくださるお客様には一番感謝していますが、農家さんだったり、材料屋さんだったりみなさんに感謝しながら、ですね。

 

―小西さんが畳職人としての道を歩み始めてから今までの過程や経験を経て、始めた頃から今とで感覚として変わってきたことはありますか?

 

始めは今ほど考えてやってはいなかったと思います。どちらかというと時間に追われて制作をしたり、重いものを運ぶ、というようなネガティブなイメージの方が大きかったですね。けれど畳技能の東北大会に宮城県代表として出場したことがきっかけで、その時にもう一度手縫いの技術の見直しや、時間内に終わらせることなどを意識するようになりました。そこからもっと手縫いの技術を深めていきたいという想いや畳を作る面白さがすごく強くなっていったんです。

 

それまでも出場の機会はありましたが、人前で針を刺すことの恥ずかしさだったり、技を知っている同業者の前でやるということ自体もプレッシャーであまり気乗りせず…。苦手意識はあったものの、そういうのを抜きに超えるしかないと思いました。そこからまた考え方が変わりましたね。

 

―それも野球と一緒で新たな壁が来て、それを乗り越えたらまた次のステージにつながるというか。

 

そうですね。だんだん考え方も「壁にぶち当たる→のぼる→また壁にぶち当たる→のぼる」というように、自分としてのスキルアップにつながっていくという考え方に変わっていきました。まずはあまり断らずに何でもやってみる。正面から当たってダメだったら、横から当たってみる。色々考えてその考えたことがいずれ自分のためになっているんだと思うようになりました。物事を多角的に見る見方は野球部のキャッチャー時代に培った考え方ですね。あの頃の経験が活きています。

 

 

 

 

本物の畳を次の世代へ継いでいくために

 

―本物の畳の良さを伝え、後世に継承していくためにどんなことが必要だと考えていますか?

 

藁の畳床を普及させて畳の心地良さを全面的に見直し、もっと知ってもらいたいと思っています。宮城の畳が、お客様にとっても畳屋の目から見てもいい畳で溢れてほしいと思いますね。それを広めていくには機械で作る効率性ではなく、人の手で作る温もりだったり、ストーリーをもう少し大事にできれば心も豊かになるのではないかと思います。あの人が作ってくれたものだから大事に使って、交換時期が来たらまたお願いしたいな、と思えるような畳を作りたいですね。

 

―時代はよりそういう流れになってきていますよね。今までは便利さや効率さを求めて大量生産・消費されてきたものが、見直され始めていると思います。買い物は投票、という言葉もよく聞きますが、まさに小西さんのように農家さんが大切に育てたイ草を使い、生産者さんの想いを乗せてものづくりをされている、そのストーリーを知ってもらうことができれば、その人にお願いしたい、という流れにもつながっていきますよね。

 

人が見える、って大事ですよね。野菜もそうですが、最近農家さんが畳表に顔写真付きで送ってくることも多くなりました。お客様にこの方が作った畳なんです、と見せるとすごく喜んでもらえるんですよね。そういうのを見ると”顔が見える”ことって安心して使うことや愛着が沸いて大切に使うことにもつながっていくなと思います。

 

―そういったことを発信できる場や、畳に気軽に触れられる機会が増えると良いですよね。

 

組合の青年部でも児童館などでミニ畳づくり教室や畳の手縫い体験を開催したりしていましたが、その狙いも家に畳がない子供たちが増えてきているので、触れてもらって、畳ってこういうものなんだよ、ということを知ってもらいたくて。畳の香りを感じてもらっていい匂いだなぁ、とか。中には馴染みがないから「変な匂い!」という子も出てきていますが…(笑)。日本に根付いてきた文化を絶やさずに残していけたらと思いますね。

 

畳の作り手にも商業的にやっている方もいれば、畳が好きでやっている方もいるし、お客様がどこでどういう選択するかも色々ですが。天然畳のようないいものもあるよ、という選択肢を常に持っていたいですね。畳はずっと使っていくものなので、ご飯を食べに行っておいしくなかったから今度はこっちにしてみよう、という風にはいかないですよね。だからこそ作り手がどういう作り方をするかによって変わってきます。

 

―本物の畳が持つ良さを伝えるとともに職人の技能を継承していくことも大切ですね。畳業界自体は今後どのようになっていくと思いますか?

 

これから畳業界も高齢化で廃業される方や後継者問題も抱えているので、ここから伸びていくのは難しいと思います。昔と比べて家の作り自体もだいぶ変わっているので、昔のように全部畳の部屋というのは難しいですが、現代の住まいの中にもこの部分には和室を、という選択肢があればいいなと思います。時代は流れていきますからね。過去にこだわり続けてもしょうがないと思うので。こだわりも持ちつつ、いいものも残して、今の暮らしに寄り添う新しいものも取り入れながら、相対的に見て畳というものが後世まで残っていけばいいな、と思っています。

 

―ありがとうございます。最後に小西さんのあしあとを振り返ってみて改めて想うところを聞かせて下さい。

 

自分自身も元々は畳の仕事に全く興味を持っていませんでしたが、今ではすっかり畳の沼にはまっていて、全然知らないことをやればやるほど深いところに入っていって、抜けられなくなっています。でもそれが楽しいんですよね。だからこそ知ってほしい。草山会という同じ志を持つ仲間がいるということも、本物の畳を届けたい、と自分を奮い立たせてくれるところに大きく繋がっていると思います。若手職人たちによる活動で後世にもしっかりと技能や本物の畳の良さを継いでいきたいですね。

 

 

 

 

小西康博(1級畳製作技能士)

宮城県仙台市生まれ。宮城県泉松陵高等学校卒業後、家業である有限会社コニシ 小西畳工店に入社。第25回東北畳工技能競技大会に出場し、一級の部・第2位になる。この大会をきっかけに、さらに畳の奥深さや手仕事の面白さを知る。2016年から高等職業訓練校畳科の講師を拝命し、若手技能士の育成も担う。また、【仙臺流 疊 草山会】の仲間ともに、親方から教え伝えられてきた技能・技術と心意気を継承。畳製作手縫い実演を通して畳の良さを発信。好きなコトは野球、サッカー観戦、音楽。

 

小西畳工店

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記事を書いた人

渡辺 沙百理

ライター ・ イベントプランナー

宮城県大崎市生まれ。東北芸術工科大学生産デザイン学科卒業後、仙台市内のインテリアやアパレルショップを展開する会社に入社。13年間店長職や本部職に携わり、店舗運営や企画、国内外の仕入れを担当。 2016年に退職した後、知人が運営するコミュニティスペースでのイベントに魅了され、翌年からイベント企画をスタート。2017年よりブライトに勤務。CAFE mugiのスタッフの他、「イチとニ市」や「1が2になる学校」などの企画を担当。同時期にフリーランスでイベント企画業、「PLANNING LABORATORY」を開業。ワクワクする気持ちを忘れずに、ヒトやモノ・コトを繋ぐ場づくりが好き。2足のわらじとして様々な場所に出没中。

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