Vol.5 千葉 隆平さん(大工棟梁)/後編

2021.12.10

一歩目二歩目

読みもの

『1歩目、2歩目の足跡』

 

さまざまな分野で活躍している大人たち。きっと一直線にまっすぐに、歩いて来た人ばかりではないはず。どうしてこの道に足を踏み入れたのか。どんな道のりを歩いて来たのか。これまでどんなきっかけや、出会いがあったのか。ふだんは中々聞けない、そんな「1歩目」「2歩目」のお話を聞いてみる企画です。

 

 

 

 

Vol.5 千葉 隆平さん(大工棟梁)/後編

 

千葉さんは、宮城県名取市にて馨香庵(けいこうあん)という大工店を営み、大工棟梁として様々な家づくりに携わっています。そんな千葉さんは大工になるまで、どんな道を歩いてきたのでしょうか。その道には、これまでどんなきっかけや、出会いがあったのでしょうか。そんな大工としての「1歩目」「2歩目」について、後編では、千葉さんの家づくりに対する思いをじっくりとお聞きします。

 

 

先生との出会い

 

―大学卒業後に就職した工務店を退職後、お祖父さんとお祖母さんの家があったこの場所で、千葉さん自ら馨香庵のショールームである一棟の家づくりをスタートされたとお聞きしていました。ずっとお一人で取り組まれていたんですか。

 

その家づくりをスタートした後ぐらいに、工務店で働いていた時にお世話になっていたクレーン屋さんの方が、大工さんを紹介してくれて、その方の元で修行をさせてもらえることになったんです。その方は会いたいと言ってもそう簡単に会ってくれるような方ではなかったそうなのですが、また別の方がその大工さんに僕のことを紹介してくれていたそうで。そんな風に二手から同じ話が来た時はきっと何かの縁があるって、僕に会ってくださったんです。そして「僕を手元に置いいてください!」とお願いし、ついに修行をさせてもらえることになりました。

 

 

 

 

―その大工さんとは、きっと本当にご縁があったんですね。

 

本当にそう思います。修行とは言っても、先生と生徒のような関係で学ばせてもらいました。僕がその先生の元で学びたかったのは伝統的な家づくりの技術だったので、その先生の元にそういう仕事が入った時にピンポイントで呼んでもらうというスタイル。やっぱり、今の時代そういう現場は多くないですからね。それ以外は自分で仕事を探して生活していました。

 

そんな修行生活を10年近く続けた頃、地震の揺れで崩れてしまった古民家解体の仕事に呼ばれたことがあって。そこで解体した木材は捨てるのがもったいないほどに立派な木材だったので、欲しい人に売ろうということになったのですが、中々売れなくって。こんなに良い木材だから、値下げし続けて売れるのを待つくらいならこれを使って家を建てるか!ということになりました。

 

―もしかして、その木材を使って建てられた家が、この馨香庵のショールームということですか?

 

そうなんです。先生は「卒業試験だな〜」って言っていましたね。それから材木屋に木材を持ち込んで、1年がかりで墨付け刻みをして準備をしました。

 

 

 

 

―こんなに立派な木材と出会って家づくりに生かすことができたということは、きっとこの材料とも縁があったということですよね。

 

その通りなんです。今思えば家づくりに携わってからの20年間、たくさんの出会いがありましたね。あとはやっぱり、この場所に引き寄せられているなと感じます。祖父母がここにいた時から、一人で過ごしていた時、そして親戚から声をかけてもらってこの家をつくる時も。

 

―そうしてつくられたこの家は、千葉さんがこれまで身につけた技能や、家づくりに対する考えや大切にしていることがつまった空間なのかなと感じました。

 

この家は家づくりの技能を身につけるためのトレーニングに使用した、いわば教材みたいなもの。だから正直に言うと恥ずかしいものなんですよね。家ってとても高価な買い物だし、ローンを組んで一生をかけて払い続ける人がほとんどですから、そんなお客さまに「僕、家づくりの勉強をしたいので家を建ててください!」なんて言えるわけがないですし、それではプロじゃないですよね。けれど自分の家なら自己責任ですから、ここを使ってその技能を試したという感覚です。とは言っても、実際に家をつくる空間はそれぞれ違うのでこの通りにはできない。だからどんなお客さんの希望に答えられるように、応用して活かせる基礎の技術や技能は身につけることができたと思っています。でもこれからもずっと、一生勉強だなと思っています。

 

 

 

馨香庵にある数々の古家具や古道具は、すべて解体現場から譲ってもらったもの。捨てられるはずだった物を引き取り、手入れをして大切に保管されていることから、古いものを大切にする千葉さんの思いが感じられます。

 

 

これまでの経験から生まれた、馨香庵の家づくり

 

―伝統的な家づくりへのこだわりや古いものを大切にする姿勢が、この家の隅々まで込められていることが伝わってきて、見ているだけでもとても楽しいです。これまで色んな経験をなさってきたことをお話いただきましたが、それらを踏まえて家づくりに対する千葉さんの思いを聞かせていただけますか。

 

あくまで僕の個人的な考えですが、家づくりは自然に抗わないシンプルなものであるべきだと思っています。例えば、断熱材。冬でも寒くないようにと、家の機密性を高めるために断熱材が使用される場合が多いんですが、いざ住み始めたら逆に空気がこもりすぎてしまうからって、24時間換気扇を回さないといけない場合がある。人間は住み良いかもしれないけれど、それじゃあ地球には悪影響を与えてしまうかもしれないですよね。そもそも冬なのに、そんなに暖かくする必要があるのかなって疑問に思ってしまうこともあります。

 

この家には日本の伝統的な「土壁」が使われているんですが、冬の乾燥する時期は壁の土や木が痩せて隙間から風が入ってきてくれるし、夏の湿気が多い時期には土や木が自然と膨らんで湿気を調整してくれます。この土壁は勝手に呼吸してくれるので、換気扇がいらないんです。日本で培われてきた伝統的な家づくりは、とても理にかなっていると思いますね。他にも、この家は東日本大震災を経験しているのですが大きな被害はなくて、少し壁が割れたくらい。それについても壁が割れる方が実は正しくて、壁が揺れを吸収して柱などの骨組みが壊れるのを防いでくれた証拠なんです。そういうことを含めて、自然に対抗して打ち勝つための機能性を高めて強靭な家をつくるというより、これまでの家づくりの方法で自然と共存する家をつくって、その良さを知ってもらえたらいいなと思います。

 

 

これが土壁。

 

 

–そうした方法でつくられた家が、住む人の暮らしを守ってきたんですね。

 

はい。今は洋風で可愛い家もよく見かけますが、日本の暮らしに最も適しているのは、やはり日本の家づくりだと思います。もっと言うと、同じ日本でも海沿いの地域は海風が当たる壁には板を貼ったり、降雪量の多い地域では勾配のある屋根にして雪の重みで自然と雪を落とすようにしたりとか。それぞれの地域性を持った家づくりがなされてきたんです。今はどの場所でも同じ家がつくれますが、本来はその地域ごとに培われた方法で家を建てるのが一番良いんですよね。

 

―千葉さんが「自然と共存する家」をつくりたいと思いはじめたきっかけは、どんなことだったんですか。

 

まず、自然と共存する家というのは、主に自然に還る素材でできていて、極力自然に影響を及ぼさないようなつくり方がされている家だと考えています。自然に優しいというのは、住む人にももちろん優しい。

 

これまで、昭和に建てられた家をリフォームする現場も数多く手懸けましたが、粗悪な方法や材料でつくられたものがとても多かったんです。リフォームの予算は限られていますけれど、身体に良くない化学物質が使われていたのを見つけたら、できる限りすべて取り除いてあげたいと思っていますから、手を抜かずにその作業も行なってきました。けれど正直、なんでこんな思いをしなきゃいけないんだろう?と、粗悪な家づくりでお金儲けをしてきた人々の尻拭いをしているような気持ちになってしまったんです。

 

だから、私が家をつくるときは、次の時代の大工達に同じ思いはさせたくない。それはその家に住む人に対しても一緒で、極力自然に還る素材でつくった自然に優しい家というのは、身体にも優しく丈夫で長持ち。壊れても直しやすいつくりだから、次の世代に引き継いでいけるんです。長い目で見ると一番経済的だと思います。私がつくった家がいつかリフォームされる時が来たら、その家を見た大工を唸らせることができたら嬉しいですね。「あの時代にも、こんな立派な家づくりをしていた大工がいたのか!お客さん、この家まだまだ住み続けられますよ」ってね。今は本当に多くの選択肢から家づくりの方法を選べるし、コストやデザイン、機能、工期など、お客さんが優先したいポイントはそれぞれ。だからどの家づくりが一番良いかという話ではなくて、伝統的な方法で丁寧につくられた家の良さが少しでも広まって、家をつくる時の選択肢の一つになったら嬉しく思いますね。そのために、これからも地道に家づくりと向き合い続けていこうと思います。

 

 

 

 

千葉隆平(大工棟梁)

1974年仙台市生まれ。東北工業大学建築学科卒業後、工務店に勤める。退社後、小野寺大工店棟梁に師事、墨付け・刻み・手加工の家造りを学ぶ。2012年「大工店 馨香庵」として大工工事業を営む。

 

馨香庵

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記事を書いた人

伊藤 優果

SURUCCHAスタッフ・ライター

宮城県仙台市生まれ。大学生の頃にウェブマガジンの取材記事を執筆し、ことばを形にして人へ伝える喜びを知る。卒業後は地元の印刷会社に就職し、営業職を経験。紙や印刷技術が持つ無限の可能性に魅せられ、印刷はひとつの表現方法であると考えるようになる。現在はブライトにて、シルクスクリーン印刷所「SURUCCHA」のスタッフや、ライターとして勤務。心がけていることは「一刷入魂」。

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