Vol.8 斎藤真一『紅い陽の村』

2022.11.18

絵葉書美術館

読みもの

絵葉書美術館

 

私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。

 

 

Vol.8 斎藤真一『紅い陽の村』

 

「斎藤真一・心の美術館」を知ったのは、絵のことに明るい大先輩に教えていただいたのがきっかけだった。東北にも小さくて素敵な個人美術館がある、と連れていってくださったのだ。この美術館は今はもう閉館してしまいとても淋しい。ここで初めて瞽女(ごぜ)さんという存在を知った。

 

瞽女さんとは、盲目の女性が幼い頃からお師匠さんのところに弟子入りをし、唄や三味線などを習い、旅芸人となって収入を得ていた人々の事である。農村の農閑期に訪れ芸を披露し、食事や宿や金銭などを提供してもらっていた。瞽女さんは3人1組で、肩に手を置き1列に歩いて旅をする。3人の中で少しでも視える人が先頭となり、時には残雪のある山道を歩き、細い木の橋を渡り旅を続けた。足を滑らせたり踏み外したりして命を落とすこともあったという。

 

「良い人と歩けば祭り、悪い人と歩けば修行」とは、最後の瞽女・小林ハルさんの残した言葉だ。どんなに辛い目にあっても人のせいにせず、目の見えない自分は絶対に人様に迷惑を掛けてはいけないと、身に起こる理不尽も全て受け止め生きた小林ハルさんの言葉は重い。

 

斎藤真一は、瞽女さんにどうしようなく惹かれた画家だった。10年にわたり何度も何度もいかなる季節にも瞽女さんの多かった越後を訪れた。そこで杉本キクエさんという初老の瞽女さんと出会い、話を聴き、大きな影響を受ける。キクエさんの人柄に心底やられてしまったのだそうだ。斎藤は、盲目であっても力いっぱい生きた瞽女さんたちの喜びや悲しみを知りたかった、と語っている。画家として作家として、いや1人の人間として、瞽女さんと瞽女宿の人情を記録して残す事が自分の使命だと信じた。

 

大先輩は、斎藤真一の絵の赤の使われ方がいい、と熱く語った。斎藤の赤は、寒さや厳しい現実の中に、ポッと灯る希望のようだとおっしゃられた。赤は太陽の象徴の色であり、夕焼けの色であり、血の色であり、炎の色である。実際に絵を観た時、この人の赤は、希望と女の情念を含んでいるように私には思われた。

 

ある時斎藤は、6歳の時に失明してしまった瞽女さんに、見えていた頃の記憶を尋ねた。「1番ハッキリした記憶は越後の平野に沈んでいく真っ赤な太陽でした。とてもきれいでまぶたの中に今でも焼き付いています」と答えたそうだ。この言葉に斎藤は、普段見え過ぎている自分の見えていなさにハッと気付かされたという。絵にとって1番大切ものを忘れていたことを恥じた、と。その感覚を忘れないための、斎藤のこの赤なのだと知った。

 

瞽女さんは、どんなに険しい山岳僻地も、峠も、谷も、川も越えて閉ざされた山国の寒村に娯楽としての唄を届けた。村人が自分達のことを楽しみにして待ってくれていることを微塵も疑わなかった。斎藤は、その人を信じる真っ直ぐさに心打たれ、瞽女さんの尊厳を守り伝えたかったのだろうと思う。盲目による悲劇だけではなく、芸を楽しみに待っていてくれる人、喜んでくれる人のいる幸せや、その人達との深い繋がり。そして我々よりも豊かに自然を感じ、最も人間らしく生きた人達であった事を。

 

今年は斎藤真一の生誕100年の年で、山形県にある出羽桜美術館で『斎藤真一展』が開催される。それを知り、なんとしても行きたいと思った。出羽桜美術館は簡素で清潔で居心地が良く、展示物への愛情が滲んでいた。郷愁を感じさせる絵にぴったりな日本家屋で、じっくりと斎藤真一の世界に浸れる空間を提供してくれていた。

 

 

 

 


 

 

出羽桜美術館「生誕100年 斎藤真一展 失われし心を描く」(2022.9.30~12.4開催)

 

出羽桜美術館

山形県天童市一日町1-4-1

HP

 

記事を書いた人

黒須 若葉

CAFE MUGI 調理

宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。

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