絵葉書美術館
私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。
Vol.2 香月泰男『青の太陽』
夏のある雨の日、”生誕100年香月泰男展”を観に宮城県美術館へ。
香月泰男は、1911年に山口県に生まれ小学生の時より画家を志し東京美術学校で学んだ。美術教師として過ごす中召集令状が届き、32歳で大陸に出征。終戦を迎えたと同時に過酷なシベリア抑留生活へ突入し、2年間の拘束の後やっとの思いで帰国を果たす。抑留されている間も、香月は肌身離さず絵の具箱を持ち歩いていたという。
“抑留生活は餓えと寒さとの戦いであったが、それと同時に望郷の念との戦いでもあった”という言葉が印象に残る。シベリアの大自然を前に極寒で手や足が動かない中、美しい夕日を観たり悠然とある山や可愛らしい植物を観た時に、故郷の情景を想ったのは香月1人ではなかったのだろう。人間の何とも美しい一面に触れる思いがした。そんな戦友たちの無念を、生きて帰れた自分が何がしかの形で伝えたいという想いが、ずっと心のどこかにあったのかもしれない。
今回訪れた”生誕100年香月泰男展”では、重い空気の絵が続いていた。黒と黄褐色の重厚な画面。そこに刻まれていたのは、頬がこけ疲れ切った人々のたくさんの顔。香月は、亡くなった戦友の顔を1人1人スケッチしていたという。そのスケッチは焼かれてしまい持ち帰れなかったらしいが、記憶の中の顔を一つ一つ画面にのせることで、何年経っても忘れられない体験を昇華し、鎮魂の想いを果たそうとしたのかもしれない。そんな中、フッと肩の力が抜けるような絵に出くわす。
『青の太陽』(1969)
“真昼に深い穴から空を見上げると青空にも星が見えるという”
そんな深い穴の底のことなど普段は考えもしない。でも、深い深い穴から空を見上げたら、小さくなった焦点から肉眼でも遠くのものを観る事が出来るのかもしれない。深い深い穴の底は安心の象徴だったのかもしれない。自由な蟻を羨ましいと思ったのかもしれない。そんな想像を巡らす事ができた唯一のシベリアシリーズの作品。真夏の土砂降りの中、観に行けてよかった展覧会でした。いつかまた。
宮城県美術館「生誕100年 香月泰男展」(2021.7.3~9.5開催)
仙台市青葉区川内元支倉34-1
▷HP
巡回
2021.9.18〜11.14 神奈川県立近代美術館 葉山
▷HP
2021.11.17〜2022.1.23 新潟市美術館
▷HP
2022.4.5~5.29 足利市立美術館(予定)
▷HP
記事を書いた人
黒須 若葉
CAFE MUGI 調理
宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。
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