絵葉書美術館
私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。
Vol.4 神坂雪佳『春の田面』
以前働いていた飲食店に、月に1、2度、独特な雰囲気の年配のご夫婦がランチに訪れてくれていた。いつも注文が済むと、各々持参した本を取り出し黙々と読み始める。ピザとサラダセットが届くといったん読書を辞め、食後のコーヒーと共にまたしばし読書をし、2人揃ってにこやかに帰って行かれる。
ある時、奥さんの和子さんは何でも手作りされると聞き、和子さんのお菓子を食べてみたいなぁともらしたところ、次に来店された時にクッキーをくださった。そのお返しにと、京都の細見美術館で購入した神坂雪佳(かみさかせっか)の絵葉書を差し上げたところ、何と今度は、神坂雪佳が表紙絵の文庫本『家守綺譚』をくださったのだった。それが、私が影響を受けた作家、梨木香歩との出会いとなった。
神坂雪佳は明治から昭和初期にかけて活躍した琳派の画風を踏襲した画家である。明治という時代にあって、近代化を推し進める日本の中ではだれもが西欧的な文化へと眼を向けていた。その中、雪佳はひとり日本の伝統的な「飾る美」の世界、すなわち「装飾芸術」こそが自らの目ざすべき道であると悟り、図案家・岸光景(きしこうけい)に師事して工芸意匠を学びはじめる。光景は、尾形光琳(琳派の立役者の1人)のコレクターだったこともあって、雪佳はこのころから琳派の作品に関心を抱くようになった。
こうした中、明治34(1901)年には、英国グラスゴーで開催された博覧会の視察と欧州各国の工芸図案の現状調査を依頼され、渡欧。半年の滞在中、当時の欧州を席巻していたアール・ヌーヴォーのうねりが、日本の装飾デザインから多大なる影響を受けていたことを肌身で感じ、帰国後はさらに日本の伝統的な装飾芸術の王道だった琳派の研究に没頭するようになる。
琳派の大胆なデフォルメやクローズアップによる構成、たらし込みの技法などは踏襲しているがそれだけにとどまらず、雪佳独自の近代らしいモダンな絵を描いた。風景画(背景)といえそうな情景ですら、単純化された丸みがある曲線と優しい色合いで可愛らしいという印象に創り上げてしまう、そんな唯一無二の画家であり図案家であった。
和子さんは絵画や本にも明るい人であったが、神坂雪佳や梨木香歩の事は初めて知ったそうで、ご自身も良い出会いだったと喜んでくださった。私にたくさんの宝物をくださった、和子さん。桜の咲く頃にまた、河原町の可愛らしいあのお家にお邪魔したいものである。
細見美術館「珠玉の日本美術 細見コレクション・リクエスト展07」(2007.7.14〜9.17開催)
京都市左京区岡崎最勝寺町6-3
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記事を書いた人
黒須 若葉
CAFE MUGI 調理
宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。
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