絵葉書美術館
私の手元には、残りの人生では到底使いきれない程の絵葉書がある。その時々の展覧会で良いなと感じた絵の記録として購入したり、誰かに便りを出すために買ったり。そんな絵を見て感じたことを気ままに綴る「絵葉書美術館」、ここに開館です。
Vol.6 歌川広重『大はしあたけの夕立』
あの日、原宿にある太田記念美術館に立ち寄った事で、生涯を通して興味が持てるものへの扉が開いた。就職活動で東京へ行った際、原宿という街に美術館がある事に違和感を覚え、どんなものか観てみたくなったのだったと思う。
飾られた絵は木版画の”浮世絵”だと記されていた。木版画とは、彫刻刀で版面を削って作り出した凹凸の凸部にインクを乗せて、バレンで圧力をかけて絵柄を紙に転写する技法の事である。それが分かっていても、目の前の絵に描かれた女性の髪は、版画で刷られたものとは信じられないような細さだった。思わず学芸員さんに聞いてみても、「版画なので色の付いている部分は彫り残してあります」とあっさり。「この本物と変わらない細さの髪の毛もですか!?」と念を押して聞けば、「そこが、職人技なのです」と。ボールペンでスーッと引いたような0.1mm単位の線が、何本も彫り残してあり心底驚いた。
多色刷りの木版画は、色の数だけ版木があり、1色につき1枚の版木を使う。工程としては、絵師(作画)、彫師(原版彫)、摺師(印刷)の分業制であり、名が残っているのは絵師に当たる人だそうだが、中でも彫師の巧みさに魅了され、何度か太田記念美術館に足を運んだ。前述の浮世絵の女性の髪の毛にも驚愕したが、歌川広重の雨の描写を観た時には、これまた度肝を抜かれた。
現実の雨とははっきり見えるものではないが、まるで極めて細い針がたくさん交差している様な表現の夕立は、確かに見た記憶があるのだ。さらに、雨に曇る空気までもが版画で表現されあっぱれだった。広重の風景画の、全体に漂うどこか余韻が残るような情緒が、琴線に触れるのだ。
でも忘れてはいけないのは、浮世絵には彫師と摺師がいるということ。無名の名職人である彼等がいてこそ成り立ち、世界的評価をもって保存され、国内外で鑑賞する事ができるのである。
余談だが、歌川広重の『名所江戸百景』の画集は1冊も出版されていなかった(少なくとも、その時の私は見つけられなかった)。残念な気持ちで諦められないでいると、どこかの本屋さんの洋書コーナーで、アメリカから輸入された『One Hundred Views of Edo』という画集を見つけ飛びついた。ある意味逆輸入の5,000円する分厚い画集を、重いながらもホクホクした気持ちで持ち帰ったあの日を久々に思い出した。
太田記念美術館
東京都渋谷区神宮前1-10-10
▷HP
記事を書いた人
黒須 若葉
CAFE MUGI 調理
宮城県角田市生まれ。これまで、数店舗の飲食店に勤務。社会人になり初めて働いたレストランで接客の楽しさを知り、自分なりのサービスを考えるようになる。飲食店は美味しい物だけでなく、接客でもお客さまに喜んでもらえることを実感し、そこに力を入れて働いてきた。また、人と人を繋ぐ役割も担える事を知り、できる限り良い縁を結べるように努めることもこの仕事の楽しさの一つだと思っている。現在はCAFE mugiでカフェ業務全般を担当。好きなものは、美味しいもの、本、絵。普段は本を読みながらのんびりしたり、お昼寝をしたり。観たい絵があれば日本中、ときには世界を移動して会いに行く。
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